タイトルを繰り返すようで申し訳ないですが、お久しぶりです。昨年末にオーストラリアに移住して以来このブログにログインできずにいましたがようやくアクセスできました。何度かトライして失敗し、問い合わせやインターネットでの検索をしてもログインできなかったことで半ば諦めていました。。。が、やっぱりこのブログを諦めきれずもう1度問い合わせてみた結果ログインに成功しました!大切なものを取り戻したような感覚でしたね。このブログを楽しみにしてくれている、という声も聞いていたので再び書き始める事ができて嬉しく思います。本当に大変お待たせしました。
それでは早速本題に入っていきたいと思います。・・・と言ったものの何が本題なのでしょうか笑。今タイトルを見つめながら、安易に決めた事を後悔しています笑。書きたいことはたくさんあるのですが、多すぎて何から書けば良いのか迷います。とはいえ、前回更新したのが11月下旬で、それから2週間後に渡豪することになるのでその期間の出来事を振り返りたいと思います。
ハプニングはいつだって突然やってきます。シドニーのチームへの練習参加が決まりワーキングホリデーのビザの申請をして、残すはコンディションを上げていくのみという時にそれは起こりました。シーズンが終わって何人かで軽めに冗談を言いながらボール回しを行っていたのですが、立っていられなくなるほどの腰痛に襲われました。9月半ばにギックリ腰で戦線を離れて以来ようやく数日続けてランニングができるようになってきた頃でした。「またか。」という感情に支配され、オーストラリアなんて行けるわけがないと思いました。原因が分からない事が最大の不安でした。それまではチームの練習があったので休日に色々な地域の名医を訪ねての治療と相模原のメディカルスタッフの方にリハビリしていただく日々でしたが、誰に観ていただいてもはっきりとした原因がわかりませんでした。MRIでの精密検査でも同じでした。(完治はしませんでしたが、どの方も誠実に僕の症状と向き合っていただいたことで自分自身の体の感覚や知識において得られるものがあり本当にありがたかったです。)
選手生活がこんな形で終わるのか、と思うと情けなくなりましたが、同時に「終わるなら終わるで良い。最後にリハビリをやり切って終えてやる。」と決意しました。その日のうちに最も信頼できるトレーナーのいる鹿嶋に向かいましたが、道中の運転は痛すぎたのかよく覚えていません。その日から渡豪までの1週間ほどは鹿嶋で過ごしました。朝数時間ヨガをマンツーマンで指導してもらい、昼にプールで歩いて午後はマッサージや鍼をうってもらいました。治療のメインにヨガを据えたのは、自分の身体は自分でコントロールするしかないと強く感じたからです。
キャリアの中で治療とトレーニングに時間とお金の多くを費やしてきましたが、キャリアの最後にこういった怪我をして、誰に診てもらっても治らないという事に意味があるような気がしたのです。金沢の時に2ヶ月ほど膝の怪我で休んだ以外、12年間ほとんどの練習に参加できたのは自分の健康管理以上に素晴らしい治療家に恵まれたからだと思っています。ですが外国に行くということは今まで慣れ親しんだ治療から離れる事を意味します。自分の責任でプレーを続ける以上この痛みは自分で乗り越えなければ海外には行けない、そう思ってリハビリに集中しましたが、振り返ってみるとそういう風に考えないとリハビリと向き合えなかったのかなとも感じています。
結果的に1週間のリハビリ合宿は効果抜群でした。痛めた場所が腰なだけで大切な事は体全体に意識を向けること。当たり前のことではありますが再認識することができました。自分の身体をこう動かしたい、というイメージと身体が心地よく感じる動かし方にはしばしば誤差があります。理想を追い求めるあまり身体の声が聞こえなくなる事には注意を払っていたつもりでしたが、より注意深く日常生活での動作から意識しなければいけない事を増やせた1週間だったと思います。
鹿嶋でのリハビリだったのでクラブハウスにも行ってきました。クラブハウスに入った瞬間に感じた空気感の違いは時の流れを感じるには充分なものでした。その違いが何かは僕には分かりません。変わりゆくものもあれば変わらないものもあります。グラウンドに行くとスカウトの椎本さんがシャトルランをしていました笑。シャトルランですよ?!笑。現役復帰を考えているのかもしれないですね笑。椎さんは僕をプロの世界へ連れてきてくれた人です。鹿島には7年在籍しましたが活躍することはできませんでした。僕を獲得したことについて随分責められながらも我慢する椎さんを目の当たりにして活躍を誓ったはずですがうまく壁を乗り越えられませんでした。むしろシャトルランをする僕の姿を椎さんが見ていたなら良かったですね。椎さんは僕を一切責めなかったです。その対応に僕は何を感じるのか。選手として越えられなかった壁をこれから超えていかなければいけません。出発前にクラブハウスに寄れて良かったです。
そんなこんなの1週間を経て飛行機に乗った僕ですがもう1つ書くべき事があります。
オーストラリアに着いてからの入団テストはアントラーズの先輩の有三さんが、ビザやその他諸々の手続きはツエーゲンの練習参加で知り合った、この国でプレーする選手がサポートしてくれました。相模原の鷲田さんにはメルボルンに住む代理人の方と繋いでいただき、モンテディオ時代の先輩松岡さんもシドニー在住ということで色々と相談させて頂きました。今まで所属したチームの様々な繋がりがオーストラリアへの道を繋いでくれたように感じています。全てのクラブで得た多くの経験は今後に必ず活かしていきたいと思います。
久しぶりに書きましたが随分時間が経ちました。何時間だろう笑。年末に初めて購入したパソコンでのタイピングだから余計に時間っっがかかっています笑。絵文字の入れ方も分からないので今日は殺風景かもしれません。ので、それぞれのチームでの写真を貼っておきます。
では。see you.
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